「新種の発見」岡西政典著 2021年4月2日 吉澤有介

見つけ、名づけ、系統づける動物分類学
中公新書、2020年4月刊

著者は1983年、高知県に生まれ、東京大学大学院理学系研究科で生物科学を専攻して、京都大学、茨城大学を経て現在は東京大学の三崎臨海実験所の特任助教となっています。専門は動物分類学で、その論文は多くの学術賞を受けている新進気鋭の分類学者です。

新種の発見は、よくニュースになります。しかしそれは決して珍しいことではありません。この地球には、まだ知られていない生物が満ち溢れています。現在、地球上で名前が付けられている生物は180万種以上、動物は約130万種といわれます。ところがまだ知られていない種の数は、その数倍、あるいは1億種以上とみる専門家もいて。生物の多様化は推定すらできません。しかし、それらの生物に名前を付け、その進化の過程と位置を突き止めて、科学の対象に引き上げる、分類学の専門家は各国ともごく限られているのが現状です。

実はこの分類学こそ、歴史が古く、生物の多様性を明らかにし、近年の生物科学の発展を支える、最も基礎的な学問なのです。分類学の基礎を築いたのはC・リンネでした。1753年のことです。リンネは「自然の体系」の中で、「階層的分類体系」を提案しました。現在その階級は、門、綱、目、科、種として、それぞれにラテン語の学名が与えられています。

分類学の楽しみは、何といっても「採集」でしょう。深海や南極、燃えたぎる火口の近傍や、洞窟の奥深くまで、ターゲットの生息の可能性がある限り、躊躇はしないのです。

ここで歴史的な成果を挙げた東京大学三崎臨海実験所を紹介しましょう。開設は1886年に遡ります。大森貝塚を発見したモース教授の時代でした。ここで世界的にも例を見ない貴重な海の生物が数多く発見されています。サナダユムシはその一つでした。いつもユムシに似た細長い吻の切れ端しか見つからず、長い間ナゾの生物だったのです。それが深夜の干潟で、巣穴から出ている吻を見つけ、直径1mの範囲で深く掘り起こしてみると、長さ40㎝もある暗褐色の奇態な胴体が現れました。命名は寄生虫のサナダムシにちなんだものです。

しかし新種の確認はこれからが大変です。まずその分類群のあらゆる文献を調査します。古今東西の膨大な文献と標本観察から、形態的な特徴を捉え、文献の誤りを見つけたりして、数年をかけてようやく自分なりに確信を持って鑑定するのです。それを国際動物命名規約によって命名しなければなりません。命名規約では、新種の記載が漏れることがあります。私たちが食べているサザエも、ごく最近の2017年になって初めて「新種」と認められました。日本のサザエが、中国のサザエと同種と長い間盲信されていたのです。DNA解析でようやくわかったことでした。インターネットの活用で、分類の再整理が進んでいます。

情報化によって、新しい分類学が生まれようとしています。各地の博物館にある標本もデジタル化されて、閲覧可能になってきました。標本整理の手間が大幅に効率化されています。分類学は、すべての種を研究対象にして、あらゆる生物学的情報を集めているので、他分野に積極的に関わることができます。分類学は形態学でもあって古生物学とも相性が良く、これまでに蓄積した標本類は、ゲノム情報の宝の山なのです。さらに近年は、誰でも科学者になれる「市民サイエンス」によって、社会とのコラボも大きく期待されています。「了」

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